『七色の風』29号より 
   
■障害者から介助者へ 介助者に一言いってやるのコーナー

君はボランティアではない、僕の介助者なんだ。 
〜どうして「介助」と「ボランティア」を分けるのか?〜 

 このことを考えるのに、セックスボランティアから考えられないかと思った。ネット上で波乗りしていると、障害者と健常者の出会いサイトに、セックスボランティア募集と書かれた掲示版にたどり着いたりする。意図的な波乗りだったりもしますけど。そんなとき思った。

 このセックスボランティアとは一体何なんでしょう。セックスフレンドとは何が違うのだろう。どちらも、多分、両者の合意において、Hをする。一応どちらも無償/無料ということだろう。料金とってたら、非合法な売春になるんだよね。

 つまり、セックスボランティアもセックスフレンドも同じということではないのか?ただ、セックスボランティアはもしかしたら不特定多数のところに行くのかもしんない。どうなんだ。

 でもって、このセックスボランティアとセックスフレンドが同じものであるとしたときに、それにも関わらず、それらが分けられて語られていることが、介助とボランティアを分ける理由を的確に言う手掛かりになるのではないかと考えたのだ。

 セックスボランティア募集とはどういうことか。僕の独断と偏見で答えると(だから間違っているかも知れないけど)、「わたしは、障害を持っているので恋人が出来ません。だから、セックス/性欲を満たすことも出来ません。性欲は人間の三代欲のひとつですよね。それを没することは誰にも出来ないはずですよね。そして、わたしも。どうか私を満たして下さい。」てなところではないのか。それに対して、セックスフレンド募集は「セックスに興味がある人、セックスライフを謳歌しましょう。」て感じでは。つまり、セックスボランティア募集というとき、いや、ボランティア募集と言うときに含まれるいるものは、極端な話、「かわいそうなので助けて下さい。」ということではないのか。この二つの単語は、障害者が置かれている状況をとてもわかりやすいものにしていると僕は思う。

 しかし、私たち自立生活障害者はけっして障害を持っていることそのこと自体から、自分自身をかわいそうだとは思っていない。そしてけっして助けに来て欲しいと望んでいるのでもない。ただただ、普通の生活をしたいだけで、それをするために出来ないところを介助してくれる人が必要なだけなのだ。だから、誤解がないように、勘違い野郎が来ないように、「介助」と「ボランティア」を区別して使っているのだ。

ま〜がりん

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このページは2001年4月30日に初めて公開しました。