設立のきっかけ

障害者の自立生活を実現する会発行「1994年度 新入生歓迎パンフレット」より

はじまりは・・・

 N君という筋ジストロフィーの男の子がいました。筋ジスロトフィーと言うのは、体中の筋肉がだんだん弱っていってしまう病気のことです。彼はその病気のために車イスでの生活をしていました。

 N君は8年間ほど施設で生活していましたが、生活の大部分を他人に管理される施設での暮らしには我慢ができず、自立してひとり暮らしがしたいというのが彼の夢でした。ひとり暮らしをすることなんて、普通考えるとあたりまえのことだと思いますが、ひとり暮らしに限らず、障害者は様々な面で自由を奪われ、またそれがあたりまえのような世の中なのです。

 ところで、あなたも障害者にたいして、「あんな体に生まれついてしまってかわいそうだ」、そんなふうに思ったことはないですか?実は、この考え方が障害者の人権を奪うことを正当化しようとする考え方ではないでしょうか。なぜなら、これではあたかも、障害者であることが不幸の原因のようです。障害者に生まれたことが不幸の原因なのでしょうか?

 とはいっても、そのような考え方が「常識」的なものであることは事実ですし、実際、N君のしようとしたことは、今の世の中ではかなり大変なことです。でも、彼はあきらめなかったのです。

 N君は筑波大のボランティアサークルのメンバーに相談して、その準備を進めていきました。そしてついに、念願の自立生活を実現したのです。

N君の介助の取り組みの中で・・・

 ところがN君は、アパート暮らしをはじめてから1ヶ月足らずで肺炎で入院、2日後には亡くなってしまったのです。でも、N君を通じて仲間になった介助グループは残されました。

 N君は生前、自分の生活が軌道に乗ったら、自立を目指すほかの障害者の援助をやってゆきたいと介助者に話していました。また、彼の介助グループのメンバーの中にも、そういった彼の計画を積極的に支持する人がいました。そういうわけで、N君の亡くなった後にその人達でつくったのが、私たち『障害者の自立生活を実現する会』です。だから私たちは、自ら積極的に人権を取り戻そうと活動する障害者の介助に取り組んでいます。

障害者差別ってなんだと思いますか?

 突然、「障害者差別」なんでコトバがでてきましたけど、みなさんは「差別」ってどういうことだと思いますか?

 「差別」を考えるとき、私たちが一番問題だと考える点は、多くの場合それが無自覚に行われていることです。

 さっきお話したように、障害者は様々な面で人権を奪われています。それらの原因のひとつに介助者の不足があります。 では、なぜ介助者が足りないのでしょうか? 「健常者の方にそんなことをしている余裕がない」というのも、表面的に見れば確かにそうですが、健常者総体としてみれば余裕がないはずはないとは思いませんか? だから、全体をみわたしてみれば、余裕があっても障害者の介助はしない、そういう構造になっているのではないでしょうか。これは社会的な差別と言えると思うのです。そして、このことを健常者個人についてみれば、本人の意思はどうあれ、彼は社会的な差別を支えている一人であるといえるのです。だから私たちはまず、自分が差別者であるということを自覚しなければなりません。

 そのうえで私たちは、自分の在り方について問われなければならないでしょう。私たちは死ぬまで差別者であり続けるわけにはいかない。プライドがありますからね。

 そういうわけで私たちは、障害者差別をなくすことは自分たちを差別者という立場から解放することと同じことだと考えるから、「障害者のために」というよりも、自分自身のために活動しているのです。

と、いうわけで・・・

 以上、『障害者の自立生活を実現する会』発足に至る経緯と、私たちが障害者差別問題に取り組む姿勢について話してきました。

 今、実際に私たちが取り組んでいるのは、自立をめざして頑張っている障害者の介助、自立生活に伴ういろいろな困難と闘っている障害者への協力、障害者問題に関連する内容の学習、等です。

 自立する障害者に介助を提供することはなかなか大変で、かなり多くの介助者を必要とします。

 というわけで、私たちの主張や活動内容について賛同してくれるあなた、ぜひ、私たちと一緒に、障害者と健常者の共生の文化を創造していきませんか?!

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このページは2000年5月14日に作成し、2002年 2月 27日 (水)に最新の更新をしました。